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CG MAKING

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アイアムアヒーロー

2016年4月劇場公開作品【VFX制作】

INTRODUCTION

数あるホラー映画の中でも、ゾンビ映画は特殊造形が必要なジャンルにも関わらず、製作費のスパンが幅広い。たった45ポンド(約7,000円)で作られたものもあれば、数千万ドル(数十億円)も使ったハリウッド大作まで様々だ。しかし一般的には低予算のB級映画という印象を持つ人が多いのではないか。そもそもゾンビ映画の巨匠ジョージ・A・ロメロのゾンビがまさに低予算で作り出され、その後のイメージを決定付けたのである。そんなゾンビ映画を好むのは、一風変わった限られた特殊な人たちという状況が長く続いた。一般的な映画ファンではなく、単なるホラー映画ファンとも違う、モンスターファンとも違う、ゾンビ映画ファンとしか言えない人たちが支える小さなマーケットだったと言っていい。しかし2000年代に入り、ハリウッドがより広いオーディエンスに向けてゾンビ作品を発信し始めた。殊に13年の映画『ワールド・ウォーZ』と10年に放送が開始されたTVドラマ『ウォーキング・デッド』はゾンビをメジャーマーケットに開放した代表的2タイトルと言えるだろう。ここで描かれるゾンビは莫大な予算をかけ、VFXを駆使したハイクオリティな“生ける屍”である。上質なドラマ性と相まって、彼らA級ゾンビたちは増殖を続け、一般客をも虜にしたのだ。

一方で日本のゾンビは相変わらず記号的なキャラクターとして作られ続けてきた。近年は人気アイドルやお笑いタレントを起用した作品が登場、歌舞伎にまで取り上げられ客層の幅を広げてはいるが、最大のセールスポイントはキャストやジャンルの組み合わせの面白さであり、ゾンビそのものの表現はあまり進化してこなかった。火葬文化を持つ現代日本人は元来、土葬文化から生まれたゾンビに対して心理的隔たりがある上に、従来の特殊ジャンルというイメージが払拭できず、製作側もハリウッドのようなビッグバジェットを投下できなったことが一因なのだろう。そんな日本の現状を打ち破るがごとく登場したのが本作『アイアムアヒーロー』である。謎のウィルス感染によって増殖した生命体「ZQN(ゾキュン)」は、花沢健吾氏の原作漫画通り、リアルで、生々しく、思わず目をそむけたくなるほど写実的だ。彼らが作中で「ゾンビ」と呼ばれることはないが、日本社会に実際に出現して我々を追いかけて来るような、土葬文化圏の人々にとっての「ゾンビ」と等しい確固たる存在感を放っている。ついに日本でも一般層をも巻き込み新たな”生ける屍”たちが増殖を始めたのだ!! この新生ゾンビとも言えるZQNたちは一体どうやって生み出されたのか。CG制作を監修した土井淳氏と、コンポジット、キャラクター、アニメーションを手掛けたスタッフ5名がVFX側から制作の舞台裏を語り尽くす。

(インタビュアー:ザッカメッカ 山下香欧 / テキスト:森川美幸)

ハイクラスの日本発クリーチャー=ZQNはこうして作られた

近年は低予算の作品でも多くが特殊メイクにCGを足してゾンビを作り出している。CGが使われるのは、主にゾンビらしさを印象付けるエフェクト、眼、そして肌のテクスチャーであるが、もちろん予算や監督の志向によってもどのレベルのCG表現となるかは変わってくる。特に限られた予算の中では最低限、傷や顔色、眼光、肌のひび割れやこびりついた血などで“ゾンビらしさ”を表現していくわけだが、本作の“ZQN”はそもそもどういったコンセプトで設定され、それを表現するためにどのような制作作業が行われたのか。現場での素材撮りから見守った土井淳氏(CGディレクター)と、コンポジット*チームの齋藤和丈氏(ショットデザイン室・室長)および安藤弘樹氏(ショットデザインアーティスト)、宮尾周司氏(キャラクターアーティスト)、そして長谷川幹氏(エフェクトアーティスト)に聞いた。


*ここでのコンポジットは、レンダーエレメント、3Dモデル、実写プレートをコンポジットソフト上で合成し、色調補正やエフェクトを付加する行程のこと。

ZQN造形のコンセプト

土井

基本的には原作の表現そのままに、というコンセプトです。佐藤監督からはCGでZQNの欠損を表現したい、と言われていました。特殊メイクは基本的にあるものに加えていくことしかできません。役者の本来の皮膚の上に盛っていくわけですから、引き算の造形はできないのです。従来の小規模なゾンビ作品では、肌をケロイド状にしたり血を流したり、入れ歯を入れるといった足し算のメイクに、簡単なCGを加えてより自然に見せる、くらいが限界だったと思います。でもこの作品は、原作が大ヒット漫画だったことも大きいと思いますが、原作からブレない写実的な表現をとことんまで追求できました。だから陥没や欠落といった引き算の表現が可能になったのです。我々にとっては非常にやりがいがありました。
ただ、全部が全部作り込んだわけではなく、ZQNには制作上のランクを付けていました。最上級のAランクがCGを絡めるもので、部分的破損を施すために合成用のグリーンの特殊メイクをつけています。名前を持つZQNはAランクですね。Bランク、CランクのZQNも眼が認識できるカットでは眼の合成を行いました。作業したカット数は全部で大体520カットだったのですが、これは全カットの30%ほどに当たります。そのうち300カット超はZQNの部分欠損や頭部が損失するシーンの処理で、眼だけの合成が150カットくらい。眼だけの合成といっても、単に合成しているのではありません。欧米人の骨格は彫が深く、目の周りを造型で盛っても違和感がありません。アジア圏はそうではないであろうと。ですから様々なZQNが登場しています。顔中ぶつぶつのあるZQNがいたり、目が狐目のようなZQNがいたり。原作に登場するZQNは、目の形、位置が異形で、左右大きさが違ったり、離れていたりします。監督からもその点に関して注文があり、BランクのZQNでも目が異形になるように、左右の目の動きがバラバラになるように合成で加工しています。こういう細かいところまで気を配ることで、見ている人にサブリミナル的に違和感を抱かせることが出来ていると思います。

  • ZQN目の加工の1例
    (左:加工前、中央:目を差し替えてNuke上でGridwarpによる変形、右:完成)

土井

これだけの数のゾンビのCG処理はこれまでの日本製ゾンビ映画にはなかったでしょうね。僕が経験した中で、予算が豊富なVFXを多用する映画でもCGカット数は通常100~200カットくらいです。低予算映画では50カットほどなので、この作品のCGカット数がいかに多いかわかってもらえると思います。
特殊メイク班もフル回転で、現場では朝から晩まで一日中メイクをしていた印象ですね。やはりあまりにCGに頼り過ぎてしまうと逆に現実感が失われてしまいます。あくまでベースは特殊メイクや特殊造形物で、そこにいかに無理なく馴染むCGを載せられるかがVFXチームの腕の見せ所でした。

  • ZQNの特殊メイク画像。グリーンの部分にCGで欠損表現が入る

齋藤

主な作業ツールは、3DCGはMaya、エフェクトはMaxと流体シミュレーションのRealFlowです。コンポジットはAfter EffectsとNukeで、レンダラーはV-Rayを使いました。

土井

齋藤君は納品するDPXファイルとチェック用のQTが、同時に生成できるシステムを構築してくれました。フローではNukeとAfter Effectsを並行して使用しているので、その両方で使えるシステムです。これのお陰で作業効率が飛躍的に上がりました。こういった陰の努力がZQNというクリーチャーの表現方法を支えていたと言ってもいいと思います。

ZQNの基本は、部分破損、破壊、破裂

土井

ZQNは、頭を銃で撃ち抜かれて終わり、という表現に留まりません。撃たれて文字通り頭部が破裂するのです。ハリウッド映画ではこういった表現を使っている作品もありますが、レーティングが日本以上に厳しく、あえて避けているものも多いのではないでしょうか。本作も指定はつきましたが、限界ギリギリの激しい戦闘シーンを生み出せたと思っています。カットを割って、頭の吹っ飛び(破壊)をそれらしく見せるのが常套手段ですが、真っ向からZQNと向き合い、誤魔化すことなく正々堂々とZQNを殺すところを見せています。倒しても倒しても立ち上がるZQNに立ち向かうのが主人公・英雄の役回りですが、そのZQNの破壊工程もお腹いっぱいになるまで見せ付ける。そんなZQNの表現にCGの力を使っていることが、この作品のクオリティーを一段も二段も上げている要因だと思います。例えば、破壊した頭から覗く脳味噌を揺らしたり、数コマしか映らないZQNの頭も、全てCGに作り変えて頭をふっ飛ばしています。

  • 頭が吹っ飛ぶZQNのCGモデル
  • 破壊モデルの1例

安藤

リファレンスとして、破裂する水風船など何かが壊れたり割れたりする素材をたくさん用意しました。スイカが割れる時のハイスピード素材とか。その中でサンプルとして使えそうなものを選んでいきました。プラス、CGのサンプルですね。

土井

頭部の作りこみは、さすがに要素が多いので時間をかけています。一瞬で破壊される場合は良いのですが、じっくり見せるもの、例えば2匹のZQNにライフルの弾が当たる場合、当たる方向性や順番を考えながら作って、欠損している部分も、どちら側に力が強く掛かるかを計算してやりました。そこまでやらないと嘘っぽくなってしまうので、一気に作品のランクを落としてしまったでしょうね。

長谷川

血を足していくのはエフェクトチームの仕事です。これだけのカット数の血を作ったことはこれまでなかったですね。頭部を叩き割るようなシーンは、飛び散る肉片や出まくる血が見どころです。血は一色ではなく、また飛沫の量と爆発する血の量も違う。基本的にはキャラクターチームからもらったピースに動きをつけて破裂させ、その動きにあうフォームでRealFlowで作った血を足していくという作業を行っています。血の動きはシミュレーションで爆発させるだけのものから、キャラクターを特徴づけるためにちょっとトゲトゲっぽく出ているものなど、いろいろなパターンが混ざっています。吹っ飛んでいる破片の動きに付随する動きも必要ですが、それだけだと画的にはつまらなくなるので、特徴ある動きも用意しました。現場で実際に飛ばした血は粘度が高く飛び散りにくいため、CGで足しています。反対にCGでは粘性を表現するのが難しかったです。

齋藤

破壊だけでなく部分欠損もZQNの大きな特徴です。全身デジタルダブルで何か差し込んで欲しいという仕事が多い中、今回のように局部的に対応して欲しいという依頼が大量に来た案件はこれまでありませんでした。しかもCGを足すのではなく、身体の一部の欠損をCGで作るという演出への対応ですからね。例えば鼻だけが破損するシーンでは、鼻をCGで作って実写と掛け合わせました。リップシンクはもちろん、筋肉の動きに合わせてはめ込んでいかなければならないという、細かい作業が求められました。

土井

鼻の欠損は写真のサンプルから特殊造形部が作ったものにCG加工をしています。鼻が取れて露出した歯もCGです。造形物がないとうまく馴染まないので、キャラクターチームにピースに合うよう作ってもらいました。従来の日本のゾンビ映画の場合、特殊メイクでアプライアンス*を取り付けて処理しているのですが、今回はなるべくCGで欠損の奥の部分までこだわって作っています。こういった作業はハリウッド的だと言えるかもしれません。佐藤監督から欠損のシルエットも判るようにという注文もありました。例えばZQNにかじられて欠損した部位であれば、脂肪や骨などを付け足したりしています。血肉だけだとリアルさに欠けますし、同じ血肉だけだと同化してしまいますからね。えぐり出したりもしました。

  • 頬部の欠損したZQN
  • 口周りが大きく裂け、欠損し、頬が筒抜けになっているZQN
  • 下唇が大きく欠損したZQN
  • 頭が吹っ飛び、脳みそが露になったZQN

宮尾

リファレンスとしては、欠損部分の実写を探して参考にしました。使い回しはほぼなく、全てのアセットを新しく作っています。ZQNによって肌色が違うので、撮影素材を利用して貼り付けたりもしました。そのほか小物作りも担当しています。ナイフの先や飛んでいく矢、後から急に飛ばすことになった蠅とか(笑)。欠損部分だけも特殊造形があって、着彩されたものを3Dスキャンし、それにプラスアルファをCGで加工していくようなこともしています。テクスチャーと質感を作って、最後のライティングの素材出しまでやりました。

土井

何体も作りましたが、確かにどこまで追い込んだら完成と言えるかという見極めは難しかったですね。

宮尾

使い回せるものは少ないですが、最初の一体は大事でしたね。そこで質感とかが決まってくるので。

*アプライアンス:ラテックス類でできた造作パーツのこと

  • 四つん這いのデジタルダブル。
    現場では、動きのリファレンスのためだけに演技をしてもらい、モーションキャプチャーをしている。

©2016 映画「アイアムアヒーロー」製作委員会
©2009 花沢健吾/小学館